【実はハーフで父親が謎!】伊良部秀輝はうどん屋で昔の若い頃失敗していた過去が!

阪神選手2000年代
虎次郎
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今回は元阪神の伊良部秀輝の父親やハーフとの関係、昔の若い頃はうどん屋で起業していた過去などを網羅していきます!

伊良部秀輝の生い立ちとして実はハーフだった説や、父親との関係が意味深であると言うことです。

そして、昔の若い頃にうどん屋を立ち上げ起業していたキャリアもあるほど、彼は経営者としてビジネスを独自で展開していました。

しかし、経営難になりここへ来てうどん屋は閉店していることから、その後の人生も困難に陥ったのではないか?とも言われています。

そんな伊良部秀輝の身に何があったのか?早速見ていきたいと思います。

元阪神/伊良部秀輝は実はハーフだった・・生い立ちは?

虎次郎
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伊良部の出身地は沖縄県コザ市(現在の沖縄市)で生まれています。

出典https://www.youtube.com/

純粋な日本人ではなく、外国人とのハーフなのですが97年にメジャー挑戦でアメリカに渡るまで、自身が日本人と外国人のハーフであることを知らなかったようです。

沖縄県と言えば、日本でも有数の米軍基地があることで有名ですが、その軍人たちが街中で自由に往来しているようです。

伊良部秀輝

伊良部秀輝

詳しい情報はありませんでしたが、伊良部の母親は日本人ですし、おそらくその時に伊良部の夫婦が結婚し、子どもを授かったのでしょう。

伊良部秀輝の父親が謎・・アメリカ人?

虎次郎
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伊良部は沖縄県で生まれましたが、父親が元アメリカ空軍兵であったスティーブ・トンプソン氏です。

母親である和江さんとの馴れ初めなどの情報はありませんが、沖縄と言えばアメリカ軍基地がたくさんあることで有名です。

おそらく、その時に出会い、結婚まで行ったのでしょう。

伊良部秀輝

しかし、父親は伊良部が幼いころにアメリカへと帰国。

彼自身も、自身がハーフであったことを、97年にメジャー挑戦でアメリカに渡るまで、知らなかったようです。

一部の報道では、伊良部がアメリカへと渡り、メジャーに挑戦するのは父親を捜すため、という情報もありましたが、伊良部自身がこれを全否定。

僕はアメリカに行くまで、自身の父親がアメリカ人ということを知らなかった

このようにコメントし、アメリカに渡ったのは本当にヤンキースでプレーしたかったからのようですね。

しかし、当の父親は伊良部のことを気に掛けてはいたようで、アメリカに渡ってすぐに、父親を名乗る男性に声をかけられたようです。

母親に確認したところ、間違いなくそれは自身の父親だと聞かされたようです。

しかも、伊良部自身も中学生時代には、ボーイズリーグでプレーしていた際に同じチームとなった高橋正春氏と銭湯へ行ったときに、「将来大リーグに行って、父親を捜すつもりや」と話していたそうですよ。

やはり、心のどこかでは、父親に会いたがっていた中学時代だったようですね。

伊良部秀輝はうどん屋で経営失敗していた・・

虎次郎
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伊良部は2005年3月に現役を引退した後、再びアメリカへと渡りグリーンカード(外国人永久居住権)を取得、アメリカで事業化として第二の人生を歩み始めます。

出典https://www.youtube.com/

高校時代の友人と共同でカリフォルニア州ロサンゼルスの一角で、日本食であるUODN(うどん)のフランチャイズチェーン店を開業しました。

伊良部秀輝/うどん屋

伊良部秀輝/うどん屋

実は、伊良部は香川県にある尽誠学園高等学校の出身で、学生時代にはよく本場のうどんを食べていたそうです。

香川県のうどんはとにかく、安くてボリュームがあり、学生でもお腹いっぱい食べられるのです。

伊良部がオーナーを務めていたうどん店「SUPER UDON」のメニューは板ってオーソドックスなもので、元チームメイトの久慈照嘉が訪れた際、「すごく美味しかった!」とブログで感想を綴っていたようです。(現在はブログは閉鎖されているようです。。)

伊良部秀輝/うどん屋メニュー

そのうどん店ですが、2008年には閉鎖してしまっているようです。。

ネットの情報では

高くてまずかった・・・

という情報も流れていましたが・・・^^:

伊良部秀輝/うどん屋評判

伊良部秀輝/うどん屋評判

出典https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

久慈いわく美味しかったらしいですし、それなりに繁盛していたので、その可能性は低いかと思われます。

お店の閉店は単純にリース切れと、ガソリン価格の高騰が痛手になってしまったからのようですね。。

とはいえ、2002年に1年2億円で契約を結んでいた伊良部ですし、このあたりの夫妻はそこまで痛手ではなかった、という情報もあるみたいですね。。^^:

伊良部秀輝/昔の若い頃はとにかくイケイケだった・・

虎次郎
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伊良部は現役時代、メディア嫌いとして有名でした。。^^:

マウンドに立てば闘志をむき出しにする、本格派投手であり、その最たるものが、「平成の名勝負」と謳われている、清原和博との名勝負でした。

高卒一年目の頃はまだコントロールも定まらず、活躍らしい活躍はできませんでした。

伊良部秀輝

伊良部秀輝

そのうっ憤を晴らすかのように、当時西武ライオンズに所属していた番長、清原和博には常に真っ向勝負を挑み続けました。全盛期の小林繁並みです!

しかし、その一方でやはり我の強い性格だったのは間違いなかったようで、降板指示が出た際に一塁スタンドにグローブを投げ入れるなど猛抗議!

それを監督への采配批判ととられ、罰金刑を受けたこともありました。

さらに、メジャーへと移籍した後も降板時にブーイングを浴びると、観客に唾を吐きかけたる、怠慢プレーが目立つなど悪行が目立ち、すっかりメジャーでは”ヒール”のイメージがついてしまいました。

伊良部秀輝

まさに、同じ元阪神で伝説のレジェンドでもあるエモやんバリですね!^^:

しかしファンサービスや慈善活動にも消極的で、「世間一般的にはあまり褒められたような人間ではなかった」、という印象が強いのですが、身内からの評判は決して悪いものではありませんでした。

阪神時代でも同僚であった井川慶や藤川球児、久保田智之ら後輩は口をそろえて「いろいろとアドバイスをしてくれる後輩思いの優しい先輩った」と話しています。

身内からは”らぶちゃん”という愛称で親しまれ、引退後はうどん屋チェーン店を経営していました。

自殺する以前からは、ロサンゼルスの少年野球チームでコーチを務めるなど野球をこよなく愛する人物であったこともあり、なぜ自殺をしてしまったのか…残念でなりません。

伊良部秀輝のデッドボール逆ギレ事件がヤバすぎた・・

虎次郎
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2020年7月15日、スポニチの記事の中で、清原和博は今まで対戦した投手のベスト3を明かしています。

清原和博が現役時代、まだ西武及び、巨人に在籍していた時の話です。

伊良部秀輝

当時から、体格の良かった伊良部と対戦したときに、清原は恐怖を覚えたそうです。

当時最速の158km/hを出した時、当たったら〇ぬと恐怖を覚えた。そのくらい、伊良部のストレートの威力はすごかった

このようにコメントし、デッドボールを当てられたらということを想定しているかのようなことを話していました。

その伊良部のストレートは、メジャーリーガーの身体に直撃したことがあります!

伊良部がメジャーリーグに挑戦中、そのストレートが打者に直撃しました。。

出典https://www.youtube.com/

日本人は、基本的にデッドボールを当ててしまった際には帽子を取り、謝罪の意を示すものなのですが逆に伊良部はむしろ「なんで避けないんだ!」とでも言わんばかりに打者へと詰め寄りました。。^^:

伊良部秀輝

伊良部秀輝

伊良部秀輝

とはいえ、アメリカではむしろデッドボールをしてしまった際には謝ってはいけない、などと言う暗黙のルールのようなものがあるので、むしろ伊良部の行動は正しかったかもしれません。

しかし、メジャーリーガーと並んでも謙遜ない体格をしていたんですね。。伊良部(笑

とにかく、現役時代はイケイケの伊良部!

このような、多くの出来事からメディアでは評判が悪かったイメージが付いてしまった彼ですが、本当の彼を知る人間の意見では、「根はすごく優しい男」として定着していたようですね。

生存していれば、彼を指導者として見てみたかった往年のファンも多かったのではないかとおもいます。ご冥福を祈ります。

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