『現在の娘調査!』川藤幸三の嫁(妻)はどんな人?今はラーメン屋経営?

阪神選手80年代
虎次郎
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今回は元阪神の川藤幸三の2022現在や娘と嫁(妻)の調査、そしてラーメン屋の経営をしているのか?と言う噂があるので見ていきたいとおもいます!

川藤幸三に娘がいたのはご存じでしょうか?しかも双子で!

嫁さんがどんな人なのか?今現在ラーメン屋はどうなっているのか?

川藤幸三のライフスタイルなどに密着していきたいと思います。

川藤幸三の娘(子供)はカワイイ?今の年齢を推測

虎次郎
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テレビで解説者やご意見番、タイガース情報を発信する番組などでたびたび顔を出される川藤幸三!

出典https://www.youtube.com/

熱いトークと熱血漢な性格から、様々な愛称で知られている彼ですが、実は家族に関してはいろいろと深い事情があった模様です。

川藤さんは1975年、結婚されているのですがなかなか子宝に恵まれなかったようです。。

川藤幸三

川藤幸三

奥様もまた、名家の出身であるということと、川藤さんが1986年まで現役だった、ということもあり多忙を極めていたというのもあるのかもしれません。

どちらの家も名家ということもあり、跡取りがどうだという話はきっとあったかもしれませんが、そこは家庭内のことなので、触れないほうが得策でしょうね。

そして1995年、川藤さんが45歳の時に、ついに待望の赤ちゃんを授かることが出来たのです!

しかもただの妊娠ではなく双子であり、奥様とともに体操悦ばれたことは間違いないでしょうね、川藤さんが45歳のころなので、奥様もかなりの高年齢出産であったことは、間違いないでしょう。

それでも双子を授かれたことは奇跡といってもいいのではないでしょうか?

「のどかに、ほのかに育ってほしい」ということで「のどか」さんと「ほのか」さんと名付けられた彼女たちは、現阪神の藤浪晋太郎と同じ、野球の強豪高校である大阪桐蔭高校へと入学します。

卒業が2013年なので、藤浪と同学年ということになります。

その縁があったのかもしれませんが、川藤さんと自主トレ中であった藤浪が握手をしている写真が、ツイッターに投稿されていました。

同年1月26日、卒業するにあたってほのかさんとのどかさんは答辞を読んだらしく、その中で両親への感謝もしっかりと記載されていたようです。

川藤さんは解説者として多忙を送られていた時期でもあったのですが、そのように感謝の意を示されているということは、しっかりとお二人のことを気にかけていた証拠ですね。

川藤幸三

あれだけ熱血な言葉で物議を醸すこともある川藤さんですが、子供さんへの配慮を欠かさないあたり、家族を大切にしていたのでしょうね。

その後、ほのかさんは同支社大学の文化情報学部に進学し、サッカー同好会のマネージャーをされていたらしく、その様子がツイッターに投稿されていました。

ただ、この投稿は2015年の投稿だったので、今の姿とは少し違っているかもしれません。

その後、のどかさんともども東京の会社に就職し、現在は東京で暮らしているようです。

大学を22歳で卒業されているとすると、2015年当時はちょうど20歳ということになります。

それから2年後に卒業し、現在の年齢を考えるともしかしたらご結婚し、川藤さんにはお孫さんまでいる可能性は高いかもしれませんね。

きっと、テレビの前では熱血で熱いトークをされる川藤さんも、お孫さんの前では優しいおじいちゃんの顔になっているのかもしれませんね。

川藤幸三⇒嫁(妻)&家族構成を調査

虎次郎
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川藤さんは、実は「川藤幸三」というのは本名ではありません!

1976年、まだ川藤さんが現役の時に、川藤さんはご結婚為されました。

しかし、その結婚に関しては川藤さんはいろいろと複雑な手順を踏まれていたようです。

川藤幸三/現在

川藤幸三/現在

まず、川藤さんは名家の生まれであるということは、当然跡取り問題というものが発生します。

川藤幸三さんにはお兄さんである龍之輔さんがいますので、基本的に名家を継ぐのは長男という暗黙の了解があり、弟にあたる川藤幸三さんは養子に出されることになります。

その理由は、「母型の実家に跡取りがいなくなってしまった」というものです。元々、川藤さんの母様には3人の兄弟がいるはずでした。

しかし、うち一人は第二次世界大戦で戦死、残る二人もアメリカへと移住してしまったことで、後を継いだとしても家を管理することが出来ない。

そこで、白羽の矢が当たったのが、川藤幸三さんだったのです。

中学の頃に、すでに母型の姓である「武田」になることが決まっていたようで、結婚のタイミングで奥様の実家へ、婿養子としてはいる事になり、川藤家から離れることになったのです。

そして現在ですが、川藤幸三さんは本名「開田幸三」という、奥様の父方姓を使うようになり、解説者の傍ら2005年には嫁さんの実家である、「開田建設株式会社」の社長に就任されています。

川藤幸三/開田建設社長

解説者であり社長とは、すごい肩書をお持ちですね。

そして1995年、川藤さんが45歳の時に双子の娘さんである「のどかさん」と「ほのかさん」を授かっています。

かなり高齢でのお子さんですが、お二人とも非常に愛されて育ったのが垣間見えます。

お二人は大阪桐蔭高校へ入学したのですが、その卒業式にて答辞を読まれた際にご両親への感謝を読まれたそうです。

多忙であった川藤さんは、娘さんのことを気にしておられたようで、ちょくちょく電話などを寄越していたとか。

そして現在、娘さん二人は東京で就職したそうですが、そのお子さんが生まれていてもおかしくない年齢なので、いまではもしかしたら、おじいちゃんになっている可能性もありそうですね。

川藤幸三/現在はラーメン屋経営?

虎次郎
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解説者として活躍されていた川藤さん。

出典https://www.youtube.com/

その傍らで、実はラーメン店のプロデュースもなさっていたようです。

サッカー選手にしろ、プロ野球選手にしろ飲食店を経営する方は非常に多く思います。

阪神の前監督である金本知憲さんも、道頓堀に「兄貴の店」という店を経営為されていました。(居酒屋ですので、お子さん連れはご注意しましょう。)

川藤さんのラーメン店ですが、「らーめん川藤屋」という店舗名だったそうで、大阪と京都、そして甲子園(兵庫県西宮)の3店舗を経営されていたようです!

こってり系の醤油とんこつが人気メニューだったようで、写真はツイッターにも投稿されていました。

その量はやや多く、しかし値段はリーズナブルで、まさに部活帰りの子供たちにしてみたら嬉しいメニューであったようです。

しかし、そのツイッターの投稿は2017年のもので、現在は全店舗休業(閉店の可能性大)されているということです。

「らーめん川藤屋 銀閣寺店」の公式ツイッターの投稿も、2017年9月26日の店舗営業から全く動きがある気配がなく、「今秋リニューアルオープン」という投稿が機械的に投稿されているだけで、再開される気配は全くないそうです。

しかし、川藤さんの人気からしておそらく、再開すればすぐに話題に乗るでしょうし、その時には是非とも行ってみたいものです。

なお、これは私事ですが、その際には甲子園コラボメニューの「メッセンジャープロデュース・濃厚とんこつラーメン」もぜひメニューにおいてほしいと、願っております(笑

「らーめん川藤屋」の評判口コミはいかに?

虎次郎
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残念ながら、2017年のタイミングで閉店であると思われる「らーめん 川藤屋」ですが、その味はどうだったのでしょうか?

ラーメン屋は意外と激戦の職業で、新しいラーメン屋が生まれては消えていく過酷な職業である、とのうわさがあります。

そんな中で「らーめん川藤屋」はどのような評判を受けたのか調べてみました。

らーめん川藤屋/評判口コミ

出典https://tabelog.com/

口コミ評価の星は5つ星中3つと、可もなく不可もない程度の評判でしたが、このように味は決して悪くはなかったようです。

人気商品は醤油とんこつラーメンのこってり系であったようですが、この口コミを書き込んだ人は浜風ラーメン(魚介系とんこつラーメン、イメージでは和歌山ラーメンでしょうか?)を注文されたようです。

口コミの評価に対して、かなり味のほうは満足いくようなものだったそうなので、間違いはなさそうです。

さらに、この方は注文されてはいなかったようですが、メニューの中に唐揚げや焼きギョーザなども並んでいたようですが、これらもおいしそうに見えたそうです。

しかし、そうなるときになるのはやはりなぜ口コミ評価が3つ星なのかということですね。

ここで気になるのは、口コミの人も言っている「以前やっていたサービス」というものでしょう。

それを表記している口コミも、同じサイトに掲載されていました。

らーめん川藤屋/評判口コミ

出典https://tabelog.com/

どうやら、口コミが悪い原因はこの「いりごま注入サービス」にあるようです。

たしかに、カウンターのみで静かにご飯を食べたい人にしてみたら、この大声のパフォーマンスは鬱陶しいと思ってしまっても仕方がないですね。。^^:

しかもこの方が言うには、ラーメンはごくごく普通の醤油とんこつラーメンであったようですが、唐揚げはすごく美味しいという評判であったようです。

そのせいでラーメンの味が目立たず、そこもまた残念な点であったみたいです。

よく言えば活気のある個人店舗のラーメン、悪く言うと男気という邪魔なものがあふれているラーメン店、ということなんでしょうね。

川藤幸三の代打でのサヨナラはしびれた!

虎次郎
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川藤さんは現役時代、長らく代打の切り札として阪神で活躍します。

出典https://www.youtube.com/

特にそのエースキラーぶりはすさまじく、代打の通算サヨナラ打は6本、しかもそれらはすべて広島や巨人のリリーフエース級からもぎ取ったものでした。

特に、巨人の当時のリリーフエースであった角盈男さんからの通弾打率は.370と圧倒的で、1982年のオールスター明けの伝統の一戦の事でした。

その試合は、タイガースは初回に1点を先制するものの、所謂「スミイチ(初回に1点だけを先制し、その後無得点で試合が先行する野球造語)」では勿論勝てるはずもなく、4回に同点、5回に勝ち越しを許してしまいます。

川藤幸三

その後、巨人のリリーフに完全に抑え込まれていた阪神は最終回の攻撃まで、完全に抑え込まれていました。

最初のバッターは掛布、この時期は4番に座り、阪神の主砲として活躍されておりました。

1ストライク1ボールからの三球目、掛布のバットが火を噴きます。

レフトのライン際を転々とボールが転がっている間に、掛布は2塁を陥れ、見事ツーベースヒット、同点のチャンスを作ると、5番岡田。

ボールカウントは1ストライク2ボール、その四球目のシュートを岡田は右打ち、セカンドゴロに倒れてしまいます。

しかし、その間に二塁の掛布はサードへと進塁、チャンスを広げます。

そして6番、藤田平を迎え、ボールカウントは2ストライク2ボール。

この日、この3人はすべて流し打ち(右打者ならライトへ、左打者ならレフトへボールを打つことです)だったのですが、見事にレフト前に転がるタイムリーヒット、この土壇場でゲームを振り出しに戻しました!

そして続くバッター・平田は送りバント、1塁にいた藤田を2塁に進め、阪神はここで代打攻勢で、巨人を追い詰めます。

続いたバッターは佐野、初代の勝利打点王に輝いた、勝負強いバッティングは売りの、右の代打です。

しかし、ここは当然のように巨人は敬遠、空いていた1塁を埋め、いよいよここで代打の切り札で浪速の春団治こと、川藤幸三が登場します!

川藤幸三

しかし、この時点で川藤さんの打率は.167、決して褒められた数値ではありません。

しかも、相手は巨人の抑えエースである角盈男、それでも阪神ファンは声援を送り続けます。

しかし、1球目を見逃し、2球目はライトスタンドへのファールボール、追い込まれてしまいます。

そしてその3球目でした。

川藤幸三

川藤幸三

川藤さんの打ったボールは三遊間を破り、2塁にいた植松が生還、サヨナラタイムリーヒットで9回裏に逆転に成功、阪神が勝利を収めたのです!

打率は低いながらも、実は川藤さんはこの時点ですでに3本のサヨナラ打を放っていたので、当時の安藤監督は、代打の川藤に絶対の信頼を置いていたのでしょうね。

ここぞというというの勝負強さ、まさしく浪速の春団治と呼ぶにふさわしい選手だったことでしょう。

しかしこの時期の川藤さん、意外と好青年でしたね!

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