上田二郎(次郎・元阪神)の孫は秋久大翔!成績はスゴい?解説の評判は?

阪神選手70年代
虎次郎
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今回は元阪神の上田二郎(次郎)の孫や生涯成績や現在の解説の評判などを見ていきたいと思います!

上田二郎(次郎)の孫がドラ1西純矢と関係があった事はご存知でしょうか?

孫の名前は「秋久大翔」と言い、甲子園にも出ていた逸材だったことはご存知でしょうか?

このように家族関係や親族がコアな上田さんですが、彼の成績や現在解説者として奮闘しているその武勇伝をリサーチしていきたいと思います。

上田二郎(次郎)の孫は秋久大翔!甲子園に出てた

虎次郎
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派手な動きをするピッチャーというのは、いい意味でも悪い意味でも目立ってしまいます。

上田二郎(次郎・元阪神)

上田二郎(次郎・元阪神)

ザドペック投法と言われた、闘志あふれる投球スタイルの村山実や、のちの世で160キロ以上の速球を常時投げていたと言われた小山正明、個性派投手と言われたエモやんこと江本孟紀、その当時の派手なピッチャーの名前を知られている、コアなファンは一定数居るでしょう。

しかし、阪神にはいぶし銀と呼ばれた、変化球主体のピッチャーがいました。

その名前は上田二郎!

アンダースロー投球で変化球を駆使し、1971年には22勝という勝利数と、プロ野球史上唯一の記録である「リリーフ登板完封試合」を成し遂げた人でもあります!

全盛期の上田さんのピッチングはこちら▼

出典https://www.youtube.com/

12年間という現役生活の中で2度のオールスターにも選出されたことのある投手ですが、実は高校時代には、甲子園の土を踏むことはできなかったのです。

1965年に、3年生の上田さんは紀和大会の準決勝時に、県立若山商業高校に敗れてしまいます。

残念ながらその時には、プロ野球でも声にかかることはなかったのですが、その才能が開花したのは、大学生になってからです。

首都大学野球リーグで7度の優勝を果たし、リーグ通算37勝5敗、防御率1.27、393奪三振、最高殊勲選手4回、最優秀投手4回、ベストナイン1回受賞。1試合17奪三振を2度も記録したのです。

そんな上田さんが、ドラフトで声がかからないはずがありませんでした。

即戦力と期待された上田さんは、阪神タイガースからドラフト1位で指名され、競合を避けるために上田さんを指名した阪神は見事、一本釣りに成功し、入団を果たしたのです。

そんな上田さんですが、2018年にその親族が甲子園の土を踏むことになったのです。

上田二郎(次郎・元阪神)

出典https://manabugaku1479.seesaa.net/

創志学園、岡山県の高校野球部にその人はいました。

秋久大翔(あきひさ・たいが)、現在は22歳で残念ながらプロ野球の道へ進むことはなかったようですが、お爺さんの上田さんがたどり着くことが出来なかった甲子園へと進むことが出来たのです。

残念ながら登板機会はなかったようですが、お爺さんがたどり着けなかったそこにたどり着けたとき、上田さんはきっと大喜びだったことでしょうね^^

秋久大翔とドラ1西純矢が同じ高校で先輩後輩だった!

虎次郎
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上田さんのお孫さんである秋久大翔さんですが、実はとある選手と同門であることがわかりました!

秋久大翔

出典https://www.hb-nippon.com/

2018年、岡山県の創志学園高校は2年ぶり2度目の甲子園出場を果たしました。

この高校は、2018年のセンバツ高校野球でとある選手が話題になったことがあります。

その選手は、甲子園出場を果たす一年前にお父さんを亡くしています。。

そのお父さんへと届けるために、甲子園第一回戦でエンジン全開、ストライクでアウトを取るたびに天に向かって吠え、ド派手なガッツポーズを披露しました。

結果、創志学園高校の先発である彼は16奪三振を奪い試合に勝利、見事2回戦へと駒を進めたのです。

その選手とは、阪神タイガースが2018年にドラフト一位指名した西純矢です!

西純矢

出典https://bb-news.jp/

秋久さんは、西純矢選手とは先輩後輩の関係であり、同じ野球を志した仲間でもあったのです。

西純矢選手は、同じ阪神タイガースに所属している西勇輝選手のこともありますし、こんなところでも、阪神との縁があるとは驚きですね。

更に、もう一つ驚きなのが背番号です。

上田さんは、阪神タイガースに所属していた際に背番号15、奇しくも西純矢選手と同じ背番号を付けていたのです!

お孫さんが同じ学校に通い、そして同じ阪神タイガースで同じ背番号を背負っている。

上田さんと西純矢選手、不思議なつながりがあるものですね。

上田二郎(次郎)の生涯成績はスゴかった?

虎次郎
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13年間という月日を、選手として阪神タイガースで投げ続けた上田さん。

1973年に至っては、22勝と江夏豊とともに阪神タイガースの先発ローテーションを支え、いぶし銀と言われた上田さんですが、その投手通算成績はどのようなものだったのでしょうか?

上田二郎 生涯成績

上田二郎 生涯成績

こうして、上田さんの通算成績を眺めていると、とあることに気が付きます。

これは正直、残念としか言いようがないのですが、上田さんは1973年がもっともピークだったのでしょう、その後の成績も、あまり褒められたものではありません。。^^:

しかしながら、いぶし銀と愛され阪神に生涯をささげた上田さんは、きっと成績だけではなく、ファンの方々の記憶に残る選手だった、ということなんでしょうね。

*ホールド欄が空白なのは、ホールドポイントが導入されたのが2005年であり、上田さんの時代にはまだ導入されていなかったためです。

上田二郎(次郎)の解説の評判はいかに?

虎次郎
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上田次郎さんは、現在も解説者として、阪神にかかわっているようです。その評判を少し調べてみました。

上田二郎 解説評判

上田二郎 解説評判

出典https://tomcat.2ch.sc

このように、上田さんはどうやらおっとりとした喋り方をするような解説をするようで、それなりに好感度は高いようです!

たしかに、阪神の解説者と言えば川藤さんや湯舟さん江本さんなど歯に布着せぬような、辛辣な言葉を発したり声が大きい解説者が多い印象がありますね。

その中で、上田さんのようにおっとりと、ゆっくりとしゃべるような解説者はもしかしたら、阪神関係の解説者の中では癒しの部類に入るのかもしれませんね。

しかしながら、このような意見もありました。

普段はシーズンオフ時のキャンプでの開設で、開幕中は中々解説者として球場に来られることは少ないのでしょうか。

このように、「解説者として?・・」「まず印象そのものが少ない・・」、という意見も少しばかり見受けることが出来ました。。^^:

上田二郎 解説

しかしながら、悪いという評判そのものは少ないという印象でした。

ただ、阪神の解説者は岡田さんや掛布さん、桧山さんなどキャラの濃い解説者が多いので、もしかしたらそのせいで目立たないという可能性も、あるのかもしれませんね。

どちらにせよ、たまにはシーズンの解説者として声を聴いてみたいものです。

今はABCとスカイAの解説者?

虎次郎
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上田さんは引退後、選手としてではなくコーチや、フロントとして阪神にかかわっていくことになります。

1983年。引退した翌年からはそのいぶし銀と言われた投球を後世に伝えるべく、一軍の投手コーチの補佐として、その手腕を振るうことになります。

当時の一軍コーチと言えば、小山正明でした。

小山正明

そのノウハウを生かすべく、翌年1984年から3年間、二軍で投手コーチを歴任することになります。

この三年間といえば、まさしく阪神黄金時代でもあり、85年には球団史上唯一の日本一も経験しています。

もしかしたら、この前年に二軍投手コーチとして上田さんに見いだされて、85年にブレークした選手などもいたかもしれませんね。

その手腕を買われたからなのか、1989年と、93年から94年の3年間、小山さんの後を継ぐように一軍投手コーチを歴任することになります。

しかし、この時期は阪神暗黒時代の真っただ中です。。

上田二郎 現在

きっと、上田さんも度重なる連敗に苦痛を舐めさせられていたことでしょう。

その後、フロントとして阪神にかかわった上田さんは、2012年からスカイ・Aにて解説者として出演するようになり、ついに40年間所属した阪神タイガースより、退団することになりました。

しかし、その解説は決して悪いものではなく、むしろおっとりとしていて気に入っているという意見もあり、解説者としてはそれなりに人気がある、と見てもいいのではないでしょうか。

現在は二軍戦のみの解説のようですが、いつか一軍の場でも、そのお声を聴かせていただけることを期待しましょう^^

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