池田親興の若い頃イケメン!現在⇒解説評判悪い?球種やピッチングフォーム分析!

阪神選手80年代
虎次郎
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今回は阪神やダイエーで活躍した池田親興の昔の若い頃がイケメンだった事や、現在活動拠点の解説の評判は?球種とピッチングフォームについて調査していきます!

池田親興の若い頃はかなりのイケメンぶりを発揮していましたね。

今現在でも年齢は60代(61才)になり、そのイケメンぶりは相変わらずですが解説業としてメディアにも度々出ている彼の評判が賛否両論あるようです。。

現役時代の球種からピッチングフォームまでを分析していきたいと思います。

池田親興の経歴(プロフィール)や身長体重は?

虎次郎
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1985年、この年は阪神にとって決して忘れられない年になったことでしょう。

 

池田親興の先発時はこちら▼

出典https://www.youtube.com/

球団史上唯一の日本一を達成し、まさしくこの期に来る黄金時代に、思いをはせた年でもありました。

その年に、先発ローテーションとして9勝を挙げ、三本柱の一角として優勝、そして日本一に貢献したピッチャー、それが池田親興さんでした。

1959年、宮崎県で生まれ、高鍋高校に入学してから野球を始めた池田さんは、いきなりその才能と頭角を現すことになります。

池田親興

池田親興

1976年、池田さんが二年生の時、エースとして夏の甲子園宮崎県予選の準決勝までコマを進めますが、日南高に敗退、その後も決勝までコマを進めることもできず、甲子園出場は果たすことはできませんでした。

卒業が決まった翌年、阪神にドラフト4位で指名されますがそれを拒否!、スポーツ推薦により法政学園へと入学することになります。

卒業後は日産自動車へと就職し、都市対抗野球でもピッチャーとして出場しますが、目まぐるしい活躍をしたのは1983年の事でした。

補強選手として東芝に所属し、優勝に貢献することになったその同年に、なんとロサンゼルス五輪へと日本代表に選考されることになりました。

しかし、代表決戦で台湾の郭泰源との投げ合い9回裏にサヨナラ負け、代表に選ばれることはありませんでした。。

池田親興

その1年後、1983年のドラフト会議にて阪神が再度改めて2位指名、入団することになったのです。

現在62才になった池田さんですが、その体は少しばかりふくよかになったものの、いまだにその体は引き締まったアスリートの面影を残しています。

その身長は181㎝と、平均的な日本人男性を超えており、体重も適正体重と思われる90㎏と、健康体を維持されているようです。

しかし、今年2022年にソフトバンクのキャンプを取材中、コロナに感染してしまったようです。。

現在は完治し、オープン戦でソフトバンクホークスの解説者として出演する予定もあるようですね^^

池田親興の若い頃がイケメンだった!

虎次郎
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池田さんが現域時代、ちょうどその時期はパンチパーマが非常にはやっていた時期でした。

出典https://www.youtube.com/

そのスタイルが気に召さなかった池田さんは、それに逆行するように流行りのスタイルに、サラサラの挑発という、当時としてはもしかしたら少し異質な格好であったようです。。^^:

しかし、そのスタイルは当時の池田さんの容姿に非常によくマッチしており、当時は「球界のマッチこと近藤真彦」と呼ばれるほどで、女性人気が非常に高かったようで、現在でもその年代のマダムからは、根強い人気があるようです!

池田親興/若い頃イケメン

出典https://column.sp.baseball.findfriends.jp/

そのためか、その当時からテレビへの露出度がやや高めで、岡田彰布と共演という形で、飲み物メーカーのサンガリアCMに出演も果たしています!

しかし、その性格は非常にまじめで、とても気のいい青年であったようです。

阪神に所属していた当時、高鍋高校の同窓会に顔を出した池田さんは持病を患い、運動があまりできなかった少年を持つ父親にサインを求められたさいです。

池田さんは快くサインに応じ、そのパンフレットはその少年の生涯の宝物になりました。

現在も、そのサインは大事にされているのでしょうか。

どちらにせよ、容姿だけでなく性格も非常にイケメンな池田さんが、今なお人気なのも納得ですね!

池田親興の解説が評判悪い?

虎次郎
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池田さんは現在も、解説者としてプロ野球界に従事しています。

現在はももスポソフトバンクの解説者として、ホーム戦の解説を担当されているようです。

そんな、池田さんですがその評判はどのようになっているのでしょうか?

池田親興/解説評判

池田親興/解説評判

出典https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

いい評判は、このようなものがありました。

やはり、解説者として若手からベテランまでしっかりと目を通し、評価できる実力があれば第三者の眼で見る、というのを徹底しているようですね。

他にも、1985年の優勝時に三本柱だったときのことを指している方もおられるようです。

しかし、その分やはり悪い評判というのもあるようです。。^^:

池田親興/解説評判

池田親興/解説評判

出典https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

やはりというか、万人受けするような解説ではないようですね。。^^:

しかし、それを言い出せばだれが解説であったとしても一定のアンチコメントというのはある物なので、これでは評判の良し悪しというのは判別しにくいとは思います。

しかし、探しているうちにとあるサイトを見つけることが出来ました。

池田親興/解説評判

この方のサイトでは、すべてが結果論の解説であり、あまり参考にはならないという意見が飛び交っていました。

安易に解説者にならないでほしい、というのはわからなくはないですが、野球というのはやはり結果がすべてがものをいうスポーツなので、それを開設するというのも、そこまで悪いことではないような気はしますね。

池田親興の球種&球速を調査!

虎次郎
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1985年に、キャリアハイを達成し日本一にも貢献した池田さん。

その彼が投げていた弾はいったいどのようなものだったのでしょうか?

池田親興

調べてみたところ、池田さんの球速は140㎞、MAX144㎞と、そこまで特段速い、というわけではなかったようです。(とはいえ、140kmは一般人にしてみるとすさまじく速いのですが。。^^:)

そして、肝心の変化球は先発には必要なスライダー、カーブ、シュート、フォークと一通り使えていたようです。

特に、阪神で先発をしていた際に決め球にしていたのはスライダー、右打者にするとかなり厄介な球になったことでしょう。

池田親興

そして、ダイエーに移籍した際には抑えに転向し、そこからはフォークを主軸に組み立てていたようです。

奪三振に特化したというよりも、「まんべんなく抑えられる万能型」、という投手だったのかもしれませんね。

池田親興のピッチングフォームを分析!

虎次郎
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池田さんの投球スタイルは、球速が140㎞前半と平均的な速度でしたが、恵まれた身長(現役では推定で180㎝以上)と長い手足から繰り出されるオーバースローなら、打者の視線からしてみたら球速以上の速度が出ているかもしれません。

ただ、その変化球の多さや速度などから、やはり奪三振力というのはやや低めだったようで、どちらかというと体感的に感じさせる球速と、決め球であるスライダーやフォークで「打たせて取る」ピッチャーだったのでしょう。

池田親興

フィールディングについては並程度で、そこまで処理が下手だったというわけではなさそうです。

バントの処理など、そこまで困っていたわけではなさそうですが、その生涯成績を見てみると、通算防御率(4.58)がよくはないので、やはり三本柱であったといっても、2桁勝利をしたことがないことが物語るとおり、「もう一味足りないピッチャーだった・・」、ということだったのかもしれません。

しかし、その人柄やルックスなど、人気のあったピッチャーであったことは間違いないでしょう。

そして現在は、YouTubeでチャンネルを開設し、主にソフトバンクの情報を配信しておられるようです。

ホークスファンならば、一度は見たことがあるかもしれませんね。阪神ファンの私にしてみれば池田親興はなつかしい存在でした。

今後の活動に期待です!

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