『守備エグい!』北村照文⇒現在&中日移籍の裏側!センターゴロが神レベル

阪神選手80年代
虎次郎
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今回は元阪神の北村照文の守備レベルや現在活動、中日移籍の真相など伝説のセンターゴロについてチェックしていきます!

北村照文をご存知でしょうか?往年の阪神ファンなら知らないはずはないとおもいますが、守備がエグいほどヤバかった人です^^

現在は様々な事に携わっているようですが、中日移籍にまつわる深い事や、未だ記録を破られていないセンターゴロは彼しかできない技だと言っても過言ではないです。

今回はそんな北村照文について見ていきたいとおもいます!

北村照文の通算成績&出身経歴など

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神奈川県にある私立武相高校、その高校に、北村照文さんは入学していました。

中学・高校と一貫した男子高校であったその高校で、74年、北村さんは夏の甲子園へと出場を目指します。

北村照文

出典https://column.sp.baseball.findfriends.jp/

しかし、結果は神奈川県予選の準々決勝にて敗退、その高校とは東海大相模高校、あの原辰徳が所属していた高校でした。

高校卒業後、北村さんは大学へとは進学せずに社会人へと進み、キャタピラー三菱という社会人野球を経て、三菱名古屋に就職しました。

78年に開催された都市対抗野球で、電電東京との一回戦で大会史上初となるサイクルヒットを達成、その翌年にも出場を果たしますが、残念ながら1回戦で敗退。。^^:

しかし、その同年である79年に、阪神からドラフト3位で指名を受け、入団を果たします。

こうして、北村さんの12年間というプロ野球人生がスタートするのでした。

即戦力ルーキーとして期待をされていた北村さんは、開幕から一軍入りを果たします。

しかし、本格的な活躍は82年、センターの定位置を獲得してからでした。

83年には規定打席に到達、その際の成績は打率.260とまずまずの成績を残しました。

北村照文

しかし、北村さんは打撃よりも、むしろ守備での活躍のほうが活躍は際立っていました。

82年4月には、サヨナラ負けを阻止する見事なバックホームを披露し、甲子園でのヤクルト戦では、ホームランを阻止するダイビングキャッチで、観客を沸かせました。

それらの功績をたたえ、北村さんは”鳥人”という異名で親しまれるようになりました。

その年から2年連続で、ダイヤモンドグラブ賞(現在のゴールデングラブ賞)を受賞、しかしその後は弘田澄男や、吉竹春樹の大頭などにより、ポジション争いが激化。

その中でも、しっかりと自身の強みをアピールし、85年には、2番センター、切り込み隊長として、伝説として語り継がれているバックスクリーン三連発の立役者となりました。

しかし、88年途中に西武へと、その翌年に中日へとそれぞれ移籍、92年にはあっさりと引退してしまいました。。^^:

短くも、とても濃い内容の現役生活だったであろう北村さんですが、その生涯成績はこのようになっています。

北村照文 生涯打率や試合数

北村照文 生涯打率や試合数

北村照文 生涯成績

北村照文 生涯成績

やはり俊足の選手、というだけあって盗塁が100を超えていますね^^

そして、打率に対して長打率が意外と高く、ツーベースの数が意外と伸びています。

走攻守、3拍子そろった鳥人という二つ名は、ダテではなかったということですね。

北村照文の守備と足がエグすぎる!身体能力は現代版江越大賀!

虎次郎
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北村さんと言えば、やはりそのダイナミックなガッツあふれるプレーが目を引くでしょう!

北村照文のヤバ過ぎる走塁&守備!▼

出典https://www.youtube.com/

そのガッツあふれるプレーでファンを沸かせた身体能力は、当時の阪神の中でも特に異質であったそうです。

ファインプレーの練習と言いながら、転がりつつ捕球練習をしていたと言いますが、試合ではダイビングキャッチで着地した後、5メートルほど芝生を滑ることもあるなど、機動力が足りなかった当時の阪神の中で、”鳥人”という異名を与えられるほどでした。

北村照文/守備

北村照文/守備

外野手であった北村さんの最大の武器と言えば、その鉄砲肩とも呼ばれるほどの肩の強さと、俊足を生かした守備範囲の広さでした。

このような身体能力は、現在の阪神の中で背番号25を背負いつつも、伸び悩んでいる江越大賀に通じるものがあるでしょう。

現役時代、ショートの守備の名手と言われ、その査定は辛口ということで知られている西武ライオンズの広岡達郎をもってして、「うちの投手と北村を交換してくれ!」と、トレードを持ちかけたこともあるそうです。

北村照文

その身体能力から繰り出される守備は、当時ラッキーゾーンが設置されていた甲子園での、ヤクルト戦の事でした。

小川淳司がはじき返したボールは、ぐんぐんと延び左中間へ。誰もがラッキーゾーンへの落球を覚悟しましたが、そこに颯爽と現れた鳥人。

そのジャンプして伸ばした手の中に、ボールはすっぽりと収まり、なんとホームランを阻止して見せたのです!

4打席連続ホームランを打てるパワー、俊足、守備範囲の広さ。

それらを兼ね備えつつも、ミート力のあまりの低さにレギュラーを取り切れない彼に、北村さんの教えがあればきっとレギュラー定着など朝飯前でしょうね!

北村照文の2022現在は?スカウト⇒クビになった?

虎次郎
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北村さんは、阪神・西武・中日と3球団を渡り歩き、12年間と比較的短い間でしたが、その鳥人ぶりを発揮していました。

出典https://www.youtube.com/

92年に現役を引退し、その後は古巣である阪神には戻らずに、中日に留まり、93年から94年にかけて、中日で二軍外野守備走塁兼トレーニングコーチに就任します。

北村照文/現在

北村照文/現在

特に、94年には最終盤でジャイアンツと激しい首位争いを繰り広げますが、わずかな差で中日はリーグ2位に終わり、優勝を果たすことはできませんでした。

その翌年、北村さんは球団スカウトとして阪神に復帰。

東海地区を担当したのち、関東地区の担当スカウトを務め、後に「JFK」の一角であり、現在も阪神の二軍投手コーチを務めている久保田智之や、今なお現役で活躍している岩貞裕太など、主力ピッチャーの獲得に貢献されました。

しかし、その翌年には甲信越地方2県と関東地方5県、東北地方1県を活動とする独立リーグ、ベースボール・チャレンジ・リーグの中の福井ミラクルエレファンツ(現在は福井ネクサスエレファンツに改名)の監督に就任することが内定、阪神から退団しました。

しかし、このチームで指揮を執ったのは1年間のみで、2017年10月に一身上の都合で退団、その成績は前期、後期ともに3位と、まずまずでした。

北村照文/スカウト

出典https://www.sanspo.com/

その後、3年間は野球から離れていたのかもしれません。

しかし、2020年から、埼玉県の社会人野球チーム・深谷組硬式野球部のチームコーチへと就任、社会人野球でも、その手腕を振るわれているようです。

さすがに今年で65歳と、鳥人であった身体能力は衰えたようですが、それでも鍛え上げられた野球人としてのトレーニングで、野球チームを鍛え上げておられるようです。

北村照文が中日へトレードとなった真相や裏側は?

虎次郎
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88年、シーズン中にも関わらず阪神と西武との間でトレードが成立しました。

北村さんと金森栄治がトレードされ、北村は西武へと移籍。

共に、ゴールデングラブ賞を受賞した二人でしたが、その明暗ははっきりと分かれてしまったようです。

北村照文

北村照文

鳥人とうたわれ、パンチ力と俊足、そして守備力を兼ね備えた北村さんは西武へと移籍した翌年の89年、77試合に出場し、19打数3安打、打率.105と散々な結果に。。

結局、その翌年の90年には再び、西武と中日との間で、北村さんと鈴木康友のトレードが締結、わずか1年と少しで、北村さんはセリーグへと戻ってくることに。

なぜ、西武と中日の間で北村さんのトレードが行われたのか。

その情報はありませんでしたが、当時の中日のセンターは彦野利勝でした。

当時はまだ26歳と若く、88年から3年連続でゴールデングラブ賞を獲得するなど守備の名手で、北村さんを獲得する意図があったのかどうか、疑問が残るところです。。

北村照文/中日時代

ただ、そののちに中日は二軍の走塁守備兼トレーニングコーチとして、北村さんを招聘しているので、後世の育成のために、北村さんをトレードしたのではないか?、と思っています。

特に、優勝を狙うチームにとって、北村さんという存在は、場を引き締めるという意味でもとても貴重だったのではないでしょうか。

北村照文のセンターゴロがありえない・・神レベルだ

虎次郎
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北村さんと言えば、その華麗な守備で観客を沸かせることが非常に多かった選手です!

特に印象的なのは、87年に魅せた、驚異のセンターゴロではないでしょうか!

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普通、外野まで飛んで行ったボールはよほどのことがない限り(選手の足が遅い、何かしらのアクシデントがあった)、打者は1塁まで走ることが出来ます。

それを阻止できるとしたら、かのイチローなど、驚異的な肩力を持つ選手だけでしょう。その中の一人に、実は北村さんも含まれています。

87年6月、それは阪神対中日の試合でおきました。

中日のバッターは鈴木孝政、その打球はあっという間にセンターへと抜けていきました。

誰もが、ヒットを確信したことでしょう、鈴木さんもそれを確信してか、かなりゆっくりとファーストへと向かっていきます。

しかし、センターを守っていたのは北村さんでした!

北村照文/センターゴロ

北村照文/センターゴロ

キャッチしてからスローイングされた球は、ベース上でまるでホップしたかのような剛速球で、ファーストを守っていたバースのミットの中に。

慌てて走った鈴木も間に合わず、世にも珍しいセンターゴロとして記録されました。

他にも、82年の後楽園でのことでした。

阪神が1点をリードしている中で、9回裏の巨人の攻撃のことです。

ランナーは1,2塁と長打が出れば逆転サヨナラ負けを喫してしまう場面で、打者の打った球はライトへポトリと落ちます。

しかし、そこを守っていたのはやはり北村さんでした。

驚異的なバックホームを見せ、2塁からホームを狙ったランナーを刺し、サヨナラ負けをしのいだのです。

驚異的な守備力と、鉄砲肩と呼ばれる強さでもって、本塁フォースアウト冴え完成させてしまう北村さんは、もしかしたらかのイチローに匹敵する守備力を誇っていたのかもしれませんね!

この先もスカウトで鳥人バリの眼力を見せて欲しいモノです^^

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