【山村&中谷との関係!】中込伸の伝説は携帯が凶器だった!

阪神選手90年代
虎次郎
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今回は元阪神の中込伸(なかごみ・しん)の山村&中谷事件の真相や伝説がヤバい件、失明の発端は携帯が凶器だった事などを見ていこうと思います!

中込伸は阪神時代に山村と中谷との関係について数々の伝説級エピソードがあります。

主に失明ギリギリまで行った件はメディアにも取り上げられた程で、凶器にもなった携帯電話の事は彼の性格にも大きく関係している事になって今でも伝説になっています。

今回は、そんな中込伸の全貌をチェックしていきたいと思います。

中込伸VS山村宏樹との関係がヤバかった!

虎次郎
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当時、阪神には二人の投手が所属していました。

出典https://www.youtube.com/

一人は、1994年にドラフト一位指名され、制球力の高さから1986年に広島カープで17勝をマークし、シーズン優勝に貢献した北別府学の後継者として期待されていた大型右腕の山村宏樹

山村宏樹

山村宏樹

もう一人は、それより以前の1988年にドラフト一位で指名され、巨体を生かした力のある速球と真っスラ(カットボール)、そしてフォークボールを駆使して1992年に9勝を挙げた中込伸です。

この二人には「浅からぬ因縁がある」といううわさがあります。

1999年、ファームでの練習中に中込さんが、山村さんの首筋を踏んでしまったようなのですが、どうも情報を見る限り、これは故意であった可能性が高そうです。

中込伸/山村

中込伸/山村

それというのも、中込さんには山村さんに対する「いじめがあった」という趣旨の情報がたくさん出ているので、この首筋を踏むという行為も、故意であった可能性があるのでは、と考えられます。

近年では、巨人に移籍した中田翔が、以前所属していた日本ハムにて数々の選手に暴力を振るっていたという事例もありますね。。^^:

その時の行為が原因で、山村さんはめまいや吐き気などと言う不調を訴えるようになり、病院で精密検査を行った結果、自律神経失調症と診断されました。

それにより、山村さんは野球を続けることが出来なくなるほど精神に多大なダメージを追ってしまうことになり、一時期野球から離れることとなってしまいます。

中込伸

中込伸

そのことに関して、山村さんはあまり語ってこなかった阪神時代を、

「休まるときがなかった、積み重なっていって、逃げ出したくてしょうがなかった」

と語っています。

このコメントを聞く限り、よほど酷いいじめがあったのではないでしょうか?

しかし、その後近鉄に移籍した山村さんは

「野球に対して欲が出てきた。日本シリーズで阪神を見返してやりたい」

という、力強いコメントをされていました。

病を克服され、現在は仙台で野球解説者を続けながら、「株式会社フォーカス」の営業職、FoseKift株式会社」のアドバイザーも務めているようです。

中込伸VS中谷仁に「失明」のワード!携帯電話が凶器だった!

虎次郎
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1997年、阪神からドラフト1位で指名された中谷仁も、在籍中に中込のいじめの餌食にされたという過去を持っています。。

中込伸/中谷失明

中込伸/中谷失明

入団2年目の1998年、チームメイトであった中込から携帯電話を投げつけられるという事件が起きました。

その携帯電話は、中谷仁の顔面、それもプロ野球選手にとって命でもある目に当ててしまったのです!

当時の状況を本人が赤裸々に振り返っています!▼

出典https://www.youtube.com/

その結果、中谷仁の左目は失明寸前までの大けがを負うことになりました。

しかし、中谷は賢明なリハビリを兼ねてプロ野球の世界に復帰できるまでに回復したものの、やはり目を怪我してしまった代償は大きく、正捕手と期待されていた中谷はその後の人生にかなり傷跡を残してしまうことになります。

怪我をさせた中込は、

「浜辺でバーベキューをしていた時に携帯が鳴り、それを中谷に投げたところ、中谷が気付かず左目にあたってしまった。後日に中谷とその家族に過失を謝罪した」

とのことですが、その真実はいかがなものなのでしょうか。

中込伸/中谷失明事件

中込伸/中谷失明事件

1999年の携帯電話と言えば、今でいうガラケーというものでしょう。

当時の形態は今のスマホのような大きさはなく、二つ折りで片手で操作できるような大きさでした。

それでいて意外と重量があり、軽く投げても相当痛かったです。

それを、失明寸前までの勢いで投げている時点で、その謝罪のコメントは些か矛盾が生じるような気がします。

ただ、スポーツの世界ではいじめと教育の境界があいまいな部分もあり、厳しい指導がいじめなのかそうでないのか、非常にわかりにくいところもあります。

しかし、言えるのは相手に選手生命すら脅かすほどの怪我をさせている時点で、それは決して「指導」ではなかったということでしょう。

中込伸の伝説はまだある!台湾で詐欺罪?おいおいマジか・・

虎次郎
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中込さんは、1988年のドラフト会議で、以前から練習生として阪神に在籍していたこともあり、ドラフト1位で指名を受けます。

中込伸/八百長事件

出典ttps://www.afpbb.com

中学時代は、ヤンキーのような格好で通学しており、卒業後も志望していた高校に不合格、山梨県立甲府工業高校の定時制に進学、1987年にエースピッチャーとして第59回の選抜大会に出場も果たすほどの才能が有りました。

しかし、その野球人生は順風満帆とはいきませんでした。

1990年には、右ひじを痛めた影響で軟骨除去手術を行うものの、94年と95年に再発、非常に怪我に悩まされ減益となりました。

中込伸

中込伸

しかし、その一方で1992年には9勝をマークし、当時暗黒時代の中で2位と大健闘を果たす年に、チームのローテーションを支えるピッチャーとして活躍しました。

しかし、その一方で1999年には数々のトラブルを起こし、その2年後の2001年には自由契約、その翌年に福岡ダイエーの入団テストを受けるも、合格することはなく中華職業棒球大聯盟兄弟エレファンツ(現在は中信兄弟)へと入団します。

中込伸/台湾

出典https://udn.com/

その際に、チームメイトであったものの、日本語もろくにしゃべることが出来なかった台湾人の郭李建夫のアシストがあったという話があるようです。

そのチームでは、4年間の在籍の後に兼任コーチを務め、2005年に引退したのちは帰国し、沖縄県の社会人野球クラブ「サムライ那覇(2009年に廃部)」の監督兼主催者となり、1年間指揮を務めます。

そののちは再び台湾に足を運び、古巣である兄弟エレファンツの投手コーチ、その1年後には監督に就任、チームをリーグ優勝に導き、台湾シリーズへと進出を果たします。

しかし、その同年10月に事件が起こります!

台湾プロ野球にて八百長騒動が勃発、数々の選手が逮捕され、解雇されたことにより中込も監督業を解任され、しかも自身も関与疑惑が浮かび上がったことで、11月に事情聴取を受けることになります。。

そして、2010年2月、台湾検察当局は中込さん含む24人をとばく罪と詐欺罪で起訴!

中込に対して1年6か月の懲役刑を求刑しました。

中込は、初公判で起訴事実を一部、7月の裁判では起訴事実をすべて認めました!

その結果、中込は詐欺罪で懲役1年8か月、執行猶予4年という有罪判決が確定、2011年2月に帰国を果たします。

しかし、中込は罪を認めたのは

「家族のために早く帰国したかったから・・」

であり、その後も八百長に関しては自身は関与していない、と一貫して否定していました。

その後も台湾リーグでは八百長問題が多発しているようなので、中込が関与したのか、それとも関与させられたのかは定かではありません。。

しかし、若手時代に井川慶がリリーフで登板した際に乱調により散々な結果で降板した際に「俺が撃ち込まれたのが悪かったな、ごめんよ・・」と謝罪した中込を私は信じてみたいと思いました。

阪神では一時期9勝を挙げるも元ヤンの性格が災いしたか・・

虎次郎
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中込さんは、100キロを超える巨体から繰り出される直球と、カットボール、更にフォークを駆使して先発として9勝、その時期は低迷していた阪神タイガースを2位に押し上げる主力として、ローテーションを守り抜きました。

しかし、酒癖の悪さや、もともと不良少年だったということもあり素行もそこまでよくはなかったのではないか?という噂もありあまりいい話は見つけることはできません。。

2021年、ユーチューバーとしてチャンネルを開設した、元阪神の藤川球児も

「世間ではナイスガイで通っているが、自分の嫌いなOBが一人だけいる」

といったコメントをされており、それが中込ではないかという憶測もあります!

藤川球児

しかし、先発として撃ち込まれた際に、リリーフとして登板した井川が大乱調だった際には「俺が悪かった」と謝罪したり、まだ日本語に慣れておらずろくにしゃべることもできなかった郭李建夫と容姿が似ているという理由で、「僕のお兄さん」と称し、面倒を見てあげていたなどと言う人情家であったような話も耳にします。

この話だけを見ると、確かにナイスガイといっても過言ではないような…。

不良と言えば、やはり素行が悪く、あまり人に好かれるような人間ではないというイメージがありますが、中込は現在、甲子園近くで焼肉店を営業されており、その際に桧山進次郎や川藤幸三八木裕等各OB主催のファンの集いのようなものも開催されているとか。

中込伸

山村や中谷仁を苛めていたという話がある一方で、井川や郭李のようなエピソードもある中込。

もしかしたら、藤川球児が嫌いなOBが中込さんというのも、あながち間違いではない…のかも?

中込伸は太り過ぎて野村克也と揉めた過去もある・・

虎次郎
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1999年で活躍した先発陣と言えば、やはり元巨人の上原でしょう。

巨人に在籍していた当時、サンデー上原という通り名で大活躍をした上原さんは、やはりすらりとした細身の体形でした。

それに比べて、中込は身長182㎝に加えて体重100キロという超重量級ピッチャーでした!

そのおかげで、確かに重いと称されるストレートが持ち味になったのですが、その体形をめぐって当時の監督であった、野村克也と揉めたことがあるそうです。。

中込伸

中込伸

投手にとって、大きな体というのはボールに力を伝えやすいというメリットがあるのですが、体を動かしにくくなるというデメリットもやはりあります。

特に、体型管理で揉めたという話なので、おそらく中込は投手として理想的な体系ではなかったというのが、容易に想像できますよね。。^^:

その結果、野村さんの怒りを買った中込は当番が激減。。

野村克也

さらに中谷仁や山村宏樹に対するトラブルなどもあり、その後はろくな成績を収めることもできず、2001年に自由契約へとなりました。

近年では、阪神に移籍しては1勝もできないまま引退した元中日阪神キラー中田賢一なども酷かったですよね。。^^:

元々不良少年であった中込さん、やはりどこかで人の言うことを聞くことを良しとしなかった性格だったのかもしれません。

しかし、その後台湾に渡った際には15勝をマークするなど、復活を遂げた模様です。

そののちに八百長事件に巻き込まれてしまいますが、もしもう少し体型を理想に近づけ活躍することが出来たら2桁勝利も可能だったかもしれませんね。。

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