【現在行方は?】山本和行は岩崎タイプ?球種や生涯成績はどうだった?

阪神選手80年代
虎次郎
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今回は元阪神で山本和行の現在は何してるのか?現代版の岩崎タイプだった事、球種や生涯年俸や成績などをリサーチしていきます!

山本和行と言えば80年代を代表する抑えピッチャーでした。

今現在はコーチ業などを経験し、ゴルフ関係に従事しているとか。

岩崎と似ている投球スタイルやその球種はどのようなモノがあったんでしょうか?

彼の通算年俸や成績にも言及していきたいと思います。

山本和行(元阪神)の現在は何やってんの?仕事は?

虎次郎
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1970年代から80年代まで、阪神の絶対的守護神でありつつ、先発としても活躍なされていた山本和行。

出典https://www.youtube.com/

その現役生活は17年と長く、その後も88年には阪神で、1992年から95年まで広島カープでコーチをされていたようです!

山本和行/現在

山本和行/現在

特に1993年と94年の広島での一軍投手コーチ時代には紀藤真琴を先発に抜擢、その才能を開花させた実績もあるようです。

広島を退団してからは、テレビ大阪の解説者として3年間を過ごされた後、1999年からNHKの解説者として活躍されていたようです。

山本和行/現在

山本和行/現在

その傍らで、趣味であったゴルフ(ただし腕前はプロ並みであったようです。)にも力を注ぎ、アメリ
カでシニアプロのテストを受けたり、インストラクターゴルフ協会の関西支部長を務めるなど其方の道でも活躍為されていたようです。

今年で72才になられた山本さんですが、数年前に解説者としても引退しているようで、現在は本格的に、インストラクターゴルフ協会の専門理事関西支部長として、後続の育成に努められているようです。

山本和行は岩崎タイプだった?顔も似てる?

虎次郎
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2022現在の阪神のリリーフエース並びに、8回の男と言えばやはり岩崎でしょう。

2021年の東京五輪にも出場し、日本に金メダルをもたらした侍ジャパンの一員でしたが、実は山本さんはその岩崎と少し似ていますね^^:

 

なので、二人の写真を見比べてみることにしました。

岩崎優

山本和行

こうして二人を見比べてみましたが、たしかによく似ています。

顔のラインや、このいかにもポーカーフェイスっぽいところがよく似ていますね^^

そんなお二人ですが、実は境遇もよく似ているのです。

岩崎は今でこそリリーフエースですが、入団当初は先発ローテーションとして一軍に帯同していました。

しかし、2017年に本格的に中継ぎに転向し、いまでは侍ジャパンの中継ぎとして帯同するほどになりました。

方や、山本さんも最初は先発としてデビューを果たしました。

山本和行

山本和行

当時、阪神には江夏豊、小林繁村山実上田次郎と一流の投手がひしめいている投手王国であった事情も、もしかしたらあったのかもしれません。

1975年からはリリーフに転向し、1976年には6勝3敗18セーブと好成績を収めます。

その後も、先発と抑えの二刀流として阪神に貢献するのですが、その活躍は1984年のことでした。

ついに、山本さんは阪神の守護神として9回のマウンドに身を置き、10勝24セーブ、計34セーブポイントを記録し、最優秀救援投手を受賞、セリーグを代表する守護神として歴代ストッパー4傑の一人として数えられるようになりました。

岩崎も、2022年のシーズンには守護神として起用されるといううわさもありますので、ぜひ山本さんのような活躍を期待したいところです。

山本和行の球種はスゴかった?

虎次郎
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山本さんのストレートは、おおよそ140Kmと先発としても、中継ぎとしても平均に少し届かない程度、最速で146Kmほどと特記するほどのものではありません。

出典https://www.youtube.com/

では、なぜ山本さんは歴代ストッパー4傑に数えられるほどの投手だったのでしょうか?

その変化球は、カーブとシュート、そしてフォークの3種類があったようです。

高校時代、速球派であった山本さんは大学に入学したとき亜細亜大学監督からカーブをマスターするように指示を受けました。

山本和行

山本和行

しかし、、山本さんが会得したカーブはほとんど山なりにただ向かっていくだけのスローボール、とても通用するようなものではなかったそうです。。^^:

そこで山本さんは、フォークボールに目を付けました。

変化のなかったカーブと違い、このフォークボールが打者を狂わせる効果が絶大だったようです。

面白いように大学野球で勝利を収められるようになり、通算33勝をマーク、その記録を持って、阪神タイガースからドラフト一位で指名を受けます。

そのフォークボールは、まさしく手品師のようでした。

山本和行/球種

山本和行/球種

自己流で改良に改良を加えたこのフォークボールは、指先の動きをスムーズにすることを追及されたボールでした。

その結果、グラブの中ではなく投球モーション中に握りを変えられるという離れ業をやってのけるようになったのです。

打者からしてみれば「握りから投球フォーム迄完全にストレート、これはやってやる!」とスイングしてみたら文字通り視界から消える。。

誰も真似できないとは山本さん本人の逸話ですが、このフォークボールこそ、山本さんが阪神の守護者として君臨し続けられた由縁だったのです。

■球種がヤバかった阪神ピッチャー一覧!

中田賢一

伊良部秀輝

小林繁

江本孟紀

池田親興

遠山奬志

川尻哲郎

仲田幸司

山本和行の生涯成績はどうだった?

虎次郎
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山本さんは、何と言ってもその「無限」ともいえるほどのスタミナが特徴でしょう。

抑え投手としてだけではなく、先発投手としても当時完投が当たり前だと言われていた時代の中でも、1985年にアキレス腱断裂という大けがを負うまでは、まったく怪我などもなく17年で700試合以上を消化するほどです。

山本和行

これは、1シーズンで毎年40試合以上、先発と中継ぎの両方をこなしながら投げるというハードさ!

しかもセリーグでは、投手も打席に立つのでその疲労は推して知るべしでしょう。

そんな山本さんですが、どんな成績を収められたのでしょうか?

山本和行 生涯成績

山本和行 生涯成績

山本和行 生涯成績

図を見てもらうとわかるとおり、山本さんは「通算100勝100セーブ」という、プロ野球史上で見ても8人しか達成者のいない記録を打ち立て、更に700試合登板というのもわずか11人のみの達成者のうちの一人であります!

先発と抑え、二足の草鞋を履いていた山本さんだからこそ、この大記録は樹立できたのでしょう。

山本和行はなぜ抑え(ストッパー)だったのか?

虎次郎
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山本さんが入団した当初、阪神には当時一流と言われた先発陣がひしめいていました。

江夏豊を筆頭に、やはり山本さんと言えどもその中に入るのは難しかったのでしょう。

中継ぎとして登板しつつも、先発で起用されることもある、まさに投手二刀流をやってのけていました。

山本和行

最初の一年こそ先発として活躍しましたが、その次の年には中継ぎとして、そしてまたその次の年には再び先発として、とまるで便利屋のような扱いを受けていました。

1970年代は、現在と違って先発投手は完投が当たり前だと言われている時代です。

そんな中で、山本さんは先発をこなしつつ、時には抑えとしてきっちりお仕事を果たし、阪神を勝利に導く守護神として君臨していました。

その活躍の場が抑えになったのは、安藤監督が就任した1982年からでした。

磨き上げたリリースの直前までストレートと見間違うフォークボールを武器に、1982年にはいきなり40セーブを達成し、最優秀救援投手のタイトルを獲得します。

1984年にも39セーブを挙げ、同じタイトルを受賞し、まさにセリーグを代表するクローザーとして君臨するようになり、なんとその活躍は、メジャーリーグからも誘いがあるほどでした。

しかし、これは球団の方からストップがかかってしまい、結局はかないませんでしたが、このころからメジャーリーグでは日本のプロ野球も注目され始めていたのでしょう。

その証拠に、この10年後に野茂英雄がメジャーに渡っています。

当時、阪神の黄金時代を支えていた先発陣。

彼らが先発として力を発揮できたのは、やはり抑えである山本さんが板という安心感も大きいのではないでしょうかね!

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