『性格がクール!』能見篤史⇒現在活動や全盛期(球種)がヤバい・・

阪神選手2000年代
虎次郎
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今回は元阪神で能見篤史の性格や現在活動、球種や球速などの全盛期がヤバいピッチングについて見ていきたい!

能見篤史の現在は本格的に解説業として全うするため修行中です。

現役時代にはピンチでも全く動じない性格で常にクールな一面を装っていました。

そんな彼の全盛期の球種や球速は「勝てる先発」の典型的でした。

オリックス移籍後も、そのマウンド度胸や勝つためのマインドなどを若い子にアドバイスする姿も印象的だった能見篤史。

今後、解説者として大成するのかも注目です。

能見篤史/2023現在活動は?解説に転身?

虎次郎
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能見篤史は、2022年オリックスを退団して引退をしました。

出典https://www.youtube.com/

引退を決めた時、オリックスのゼネラルマネージャーであった福良淳一はこれまでの2年間の能見篤史を見て、「投手としての引退は了解するものの専任コーチとして再度ユニフォームを着てほしい」、と依頼をします。

能見篤史/現在

能見篤史/現在

▲隣は盟友の赤星憲広ですね^^

指導者としての技量や人格面を評価してのことでしょう。

しかし、能見篤史は外から野球を学び直したい、という思いが強くその依頼を固辞し球団からも身を引きます。

しばらくの間、関西の色々な番組にゲストとして呼ばれていましたが先ずは株式会社プロアスリートに、籍をおきました。

広島の監督であった緒方孝市や、関本賢太郎も所属しています。

能見篤史/現在・解説

能見篤史/現在・解説

そして初めの一歩として、今年から正式にスポーツニッポンの評論家としてスタートしました。

最初の仕事が、二年連続で二桁勝利を挙げたオリックスの左腕、宮城大弥との新春対談でした。

能見篤史/現在・解説

V3を達成するためにも、15勝をノルマにしよう、という結論を宮城投手に笑いながら押しつけたりしていました。。^^:

これを皮切りに、今後はテレビやラジオでのゲスト解説や講演会等広範囲に活動してゆくことでしょう。

能見篤史の性格はピンチでも冷静沈着でクールすぎる・・

虎次郎
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阪神時代の能見篤史のマウンドさばきを思いおこしますと、確かにどんな局面でも全く表情をかえずに投げていた印象があります。

そのポーカーフェイスは、親ゆずりとも言われています。

それでも、一軍のマウンドを死守してきたのですから表面はクールであっても相手を抑えてやる!、という熱い闘志は内面に持っていた筈。

それが珍しく、表面化したことがあります。

能見篤史/性格

能見篤史/性格

2013年8月29日の対巨人戦、能見篤史は先発し2対1とリードしたまま9回に入ります。

ところが、ランナーを出してしまい無死1、3塁としてしまいます。

坂本勇人の放ったレフトへの大飛球をマートンがファウルグラウンドで捕球。

返球が間に合わず、同点となります。

やむなく安藤優也にスイッチしますが、ベンチに戻ると椅子を蹴ってグラブをそれに叩き付けました!

能見篤史/性格

能見篤史/性格

その一部始終はこちら!▼

出典https://www.nicovideo.jp/

この年も7月あたりまでは、巨人と首位争いをしていましたが8月にいつものように、チームは低空飛行に入ってしまいます。

当日の前の2試合にも連敗し、ますます首位が遠のいてしまいました。

「自分が食い止めてみせる!」、との思いで試合に臨んだものの最後に息切れしてしまった自身に腹が立ったのでしょう。

内に秘めていた強い思いが爆発してしまった瞬間でした。

驚いた反面、「いつも冷静に見えた能見篤史も、実は熱い人やったんや!」、と感じ入ったことを思い出しました。

能見篤史/全盛期のピッチングがスゴい!

虎次郎
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能見篤史が自分の投球術を会得した時は、周囲は2009年7月の巨人線以降、と評価されています。

出典https://www.youtube.com/

その後は11試合の先発で9勝2敗で、プロ入りして初めて規定投球回数に達しました。

防御率も、2.62

翌年は怪我があったものの8月無敗。2011年には開幕投手もつとめ5月3日の勝利で、なんと巨人戦に3たけての8連勝を記録します。

能見篤史/全盛期

能見篤史/全盛期

その中でも、4月19日の巨人戦で7者連続奪三振を記録しました。

1971年の江夏豊以来の40ぶりの大記録でした。

江夏豊以外には、1956年の小山正明と1960年の村山実も記録しています。

阪神のレジェンドと、肩を並べたことになります!

翌2012年はチームの不振も手伝って、10勝10敗の成績ながら奪三振173個で自身初のタイトル(奪三振王)を獲得しました。

2013年のワールド・ベースボール・クラシックのメンバーにも選出されています。

当時の能見篤史は、いつ見ても安定した投球で打者のバットに空をきらせるシーンを、幾度となく見せてもらった印象があります。

入団して数年苦労してからの30歳で開花した、遅咲きのエースでしたね。

能見篤史の球種やワインドアップも多彩だった

虎次郎
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能見篤史のワインドアップは、それはとても美しいものでした。

180㎝の長身で、両腕を目一杯に伸ばします。

その姿をとらえた画像が沢山あります。そこからスリークォーターで一気に投げ込みます。

そのフォームだけでなく球種も豊富でした。

フォーシーム、スライダー、チェンジアップ、フォークボールを投げ分けました。

能見篤史/ワインドアップ

特にフォークボールの精度の良さは、皆が認めていました。

それら変化球を活かされるためには、やはり生命線であるストレートの力が必要です。

それが遅い様な印象を持たれがちですがリリーフ時に時速150㎞を記録したこともあります。

パワーピッチャーの一面も持ち合わせていました。

能見篤史とマートン事件もヤバかった・・

虎次郎
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事の起こりは2012年です。

6月9日の対オリックス戦でした。2010年から助っ人として来日したマートンは、2年連続で3割をマークした上に、最多安打賞のタイトルも連続受賞していました。

ところが、この年は開幕から不調でその日の時点で打率は僅か.232。精神的にも不安定な状態でした。

マートン

そして0対1のスコアで、4回を迎えます。

二死二塁という状況。当然追加点を阻止するため、外野手は前進守備をとります。

そこへマートンの守るライト前へ打球が飛びました。

それを受けて、バックフォーム・・・とは思えない、走者がいない時のような緩慢な球をホームへ投げそれが三塁側にとんでいってしまい、打者を二塁まで行かせてしまいます。

そのプレーに関して、しつこく尋ねてくる記者に対して、つい

「アイ ドント ライク ノウミサン。ニルイ ドウゾ」

と返答してしまいます。

能見篤史/マートン事件

能見篤史/マートン事件

無論本心でもありまん。

しかし、メディアはかつてのお家騒動が起きたかのような取り上げ方をしました。

能見篤史も、普段の研究熱心で真面目なマートンを知っているから何とも思っていなかったようです。

その後も、何度もマートンが謝りに来て能見篤史も「大丈夫、気にしてない」、とかえって慰めたそうです。

能見篤史

やがて翌2013年4月9日、対巨人戦で能見篤史が5安打完封勝利をおさめます。

そして、マートンも4打数3安打1打点の活躍で2人がヒーローインタビューに招かれました。

そこでマートンが、インタビューが始まる前に「ノウミサン アイシテル」、とファンの前で能見篤史をハグし笑顔でお互いの肩をたたきました。

完全和解をファンの前で見せたのでした^^

ファンも多いに喜び、球団が両人の了解のもと「ノウミサン アイシテル」のロゴの入ったTシャツを売り出したほどです。

それから月日は流れ、マートンは2015年を限りに阪神を退団。

能見篤史も2022年に引退を迎えます。

引退の知らせを聞いたマートンはスポーツ新聞を通じて、能見篤史へ労いの言葉を送っていました。

「鋭いフォークで三振を奪ったり、巧みに内野ゴロを打たせている能見さんの投球が今でも目に浮かぶ」と懐かしがっています。

今後はフリーな立場で動きやすくなった能見篤史と、マートンの二人を再開させるような企画があるかもしれませんね^^

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