【若い頃の性格は鬼短気!】下柳剛/現在活動や事故の過去も!

阪神選手2000年代
虎次郎
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今回は下柳剛の昔の若い頃や性格について、現在活動状況や事故を起こしていた過去もチェックしていきます!

下柳剛の若い頃はぶっちゃけイケイケでしたね^^:

性格的にも荒々しく、かなりワイルドな風貌をかましていた下柳剛。

そんな彼ですが現在は解説者や自身のユーチューブを立ち上げたりと、それなりにアクティブに行動していますね。

また、過去には事故を起こしていたことなんかは多くの阪神ファンはご存知ないかもしれませんね。

そんな彼の武勇伝などを見ていきたいと思います。

下柳剛/昔の若い頃ダイエー時代はイケイケだった・・

虎次郎
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下柳剛は、1990年ドラフト4位でダイエーに指名され入団します。

出典https://www.youtube.com/

2年程、鳴かず飛ばずの時代が続きますが、1993年リリーフ中心に活躍しはじめます。

下柳剛のスタミナに着目した当時の投手コーチ権藤博が、スピードはあるもののコントロールに難がある点を克服する為、兎にも角にも投げる機会を増やそうとしました。

下柳剛/昔の若い頃

下柳剛/昔の若い頃

打撃投手をした後で、試合で中継ぎ登板させる。場合によっては先発も。

このような普通の投手なら、潰れるような過酷な投げ込みによって次第に制球難を克服しはじめました。

翌1994年には、リーグトップの62試合に登板します。

当時の姿は阪神時代の風貌とはまるで別人でした。

髭もなく、シュッとした、いかにも気の強そうな若い男がそこにはいました。

オールスターでも、松井秀喜らセ・リーグの打者をなで斬りにしていました。

下柳剛/昔の若い頃

結果リリーフ中心でありながら、チームタイの11勝をあげいつも試合に出てくることから、ファンから「アイアン・ホーク」のニックネームを頂戴しました。

当時投球スタイルはよく言えば、「ちぎっては投げ」という感じで後年阪神時代にみたような投法ではありませんでしたね^^

下柳剛の性格は短気だ!伝説のグラブ事件がヤバい・・

虎次郎
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下柳剛は、日本ハムを経て阪神に移籍した時は、今のような姿でファンの前に現れます。

出典https://www.youtube.com/

髭面で、さらに怖そうな顔になっていまして。。^^:

下柳剛/性格

下柳剛/性格

2004年を除き、毎年二桁勝利をあげ、立派にローテーションを守ります。

そんな中、2007年に今でも語り草になり映像も多数残っている事件がおきました。

2007年10月1日、対横浜戦です。当時阪神は、巨人や中日と優勝争いをしていました。

9月に10連勝し、「これいけるかも?」と思わせながら、同月下旬には、8連敗と大失速。。

クライマックスシリーズ進出を、かろうじて確保した状態でした。

同時にこの日は、下柳剛の10勝もかかっていた試合です。

伏線となったのは、不動の遊撃手・鳥谷敬が欠場していたことでファームから上がったばかりの、田中秀太が代行しました。

下柳剛/伝説のグラブ事件

下柳剛は、慣れない田中秀太にボールを集め早く慣れさせてやろうと思っていました。

試合は序盤から阪神タイガースが幸先よく先制し、5回表まで5対0とリードします。

5回裏一死一塁で、二塁手の関本賢太郎に打球がいきます。それを、二塁に入った田中秀太に送球。

タイミングはアウトなのに、足をベースから外してしまいセーフ!

続いての打者の打球は、田中秀太の真正面。それを弾いてしまい、オールセーフ!

田中秀太

「俺の親心を、無にしやがって」という気持ちと、9月下旬の失速以降、覇気の無くなったチームに対し、ひとつの試合も疎かにしてはならない、という自身のポリシーから喝をいれたい気持ちが交錯してついに爆発!

出典https://www.youtube.com/

マウンド上でしゃがみこんで、グラブを叩きつけましたね!

下柳剛/グラブ叩き付け事件

下柳剛/グラブ叩き付け事件

しかし、怒りを爆発させることで、かえって怒りを鎮めて冷静になれることを、メンタルトレーニングで知っていた下柳剛は意外とその後は冷静だったそうです。

続いて、またもや田中秀太に打球が行き慎重になりすぎた為、併殺崩れとなり相手に1点が入りました。

試合後、下柳剛もさすがにグラブを投げつけたことはその時は反省していました。

しかし、怒りがつもる→それを鎮める為に敢えて爆発させる→冷静になる、という手法を維持し続けたことから何度か同じ行為をしています。

プロ野球OBからの叱責や、ファンの賛否両論を招いたことから「お子様は真似しないように。道具は大事にしましょう」、と呼びかけるようになりました。

本来、かれは道具を大事にする選手でメンタルをコントロールする為に、わざと怒りをぶちまけることが、短気な怖い選手と映ったのかもしれません。

因みに、この事件のお陰で後年色々な元プロ野球選手が立上げるYouTubeチャンネルで、ゲストに招かれことの顛末を語る回が結構増えておりますね^^:

下柳剛/現在活動は解説者!世間の評判は?

虎次郎
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下柳剛も、YouTubeチャンネルを立ち上げたり、料理番組の主役になったりと多方面の活躍をしています。

そうでした、地元長崎ではMCをつとめる番組までありました。

下柳剛/現在

下柳剛/現在

出典https://www.sanspo.com/

ですが、本業はプロ野球解説者です。

朝日放送とサンテレビで、主に阪神戦を解説しています。

聞いていますと、朴訥な感(悪い意味でなく)があります。が、勝っているときはともかく、劣勢になると、何か言いにくそうになっている印象を受けました。。

下柳剛/現在解説者

下柳剛/現在解説者

下柳剛/現在解説者

地上波の性格上、言葉選びは慎重にならざるを得ません。

悪評などは無いのですが先のYouTubeチャンネルの方が、生き生きとしている感はぬぐえませんね^^

下柳剛は過去に事故を起こしていた?

虎次郎
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1994年の活躍で、レギュラー投手陣の仲間入りを果たした下柳剛

好事魔多しの諺通りの結果を残してしまいます。

1995年4月20日、福岡市内でスピード違反の上、民家の塀に激突する交通事故を起こしてしまいます!

自身も、鼻の骨を骨折する大怪我を負います。。

結局、このシーズンの大半を棒に振ることになってしまいました。

24試合にしか登板出来ず、2勝3敗に終わります。

下柳剛/過去の事故

出典https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

事故については、球団からも罰金を課され最後は11月に日本ハムにトレードされることになりました。

この事故の影響は、大きかったのでしょう。

翌年もまだ鼻にプレートが入ったままの状態だったせいか1996年も満足な成績が残せていませんね^^:

■下柳剛と共に戦った阪神選手一覧!

井川慶

桧山進次郎

片岡篤史

伊良部秀輝

藪恵壹

広澤克実

和田豊

濱中おさむ

田淵幸一

下柳剛のフォームや制球力を検証

虎次郎
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ダイエーと日本ハムフ時代は速球派で通していた下柳剛ですが、徐々に不調に陥り、2002年には「トレードかクビか・・」という状況にまで追い込まれました。。

コーチから「先発で2試合投げろ」と言われ、その時ツーシームやスライダー等横の変化を使って2勝しました。

以降、「スピードなんかどうでもええ」、と思うようになり、ボールの変化にこだわるようになります。

阪神タイガースにトレード以降は、余計拍車がかかり、「のらりくらり投法」へと変わっていきます。

下柳剛/投球フォーム

出典https://ameblo.jp/

実際、球場で観戦したことがありますが一球投げる度にマウンドから降りボールを受け、その後妙に長いインターバルをおいて投げる、というパターンを繰り返してました。

たまりかねたファンが、「もっとはよ投げ~!お前のせいで、8時半なってもまだ5回済んでへんやないか!」と勝っているのにヤジをとばしていたことを思い出します。。^^:

そんなヤジはどこ吹く風、下柳剛は変化球に磨きをかけていきます。

下柳剛/制球力

投げ方も工夫し、球種に関わらずシュートかフォークの握りを行い腕の振り方やボールの切り方で、変化させるように改造したりしています。

駆け引きも上手く、打ち気の無い打者に平気でど真ん中に投げたり、打つ気満々の打者にはシュートを引っ掛けさせ、打ち取るように相手の顔色を見ながら投げることも長けていました。

この研究熱心さとその体を支えたトレーニングで阪神では80勝56敗の成績を残し、最終的には21年間も現役生活を送ることが出来また。

今のYouTubeチャンネルやキッチン番組で活躍しているのを見るのも楽しいですが若手を指導する姿をもっとみたい気持ちも持ってしまいますよね^^

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